未経験からプログラマに、俺はなる!!〜とある東大生の挑戦記〜

院進学予定の東大農学部生がふと思い立ち、10か月でアメリカのプログラマーになるまでの記録(初めての方は左上のリンクから「このブログについて」に飛べます)

遅ればせながらの自己紹介〜とある大学生の場合〜

"The starting point of all achievement is desire."

Napoleon Hill

-------------------------------------------------------------------------------------------------

 自己紹介を詳細に書き直しました。

プロフィールの欄から見られますが、転載して記事にもしておきたいと思います。

------以下引用(一部改変)---------------------------------------------------------------

東京大学農学部4年生です。

生命科学(Life Science)を学びたくて、農学部に進学しました。

生命科学と言っても広いですし、いろんな学部があります。

農学部にした理由は、

工学部の生物系は、農学部に比べたらバラエティは少ないだろう。やはり工学部の中心は電気系や機械系な気がする。色んな分野から選べる選択肢を残しておきたい。

理学部の生物系は、農学部に比べたら基礎的すぎるだろう。応用がやりたい。なるべく直接的に社会の役に立つことがしたい。

などです。

 

振り返ってみると僕は、いわゆる生命系の優良営利企業がやるようなことをやっていると期待して農学部に進学していました。

けれども大学は、営利企業でもなければ必ずしも優良ではありませんでした。

研究室で見た生物系研究室の現実は、「(能力に比べて)低収入」「長時間労働」「(農学部とはいえ大学的な)基礎研究」に勤しむ先輩学生、研究員達の姿でした。

 

主観です。

この主観は、客観的事実とはきっと異なるのでしょう。

 

でも僕は思いました。

「これは違う。これじゃない。」

僕の中で生じた疑念はラボ生活を続けるうちに膨れ上がり、遂に進路を考え直すことにしました。

研究室の空気の中で給料の話や労働時間の話なんてタブーです。

一人で、また外部と相談しつつ考えて、決めました。

ストレートで進学するのは、やめます。

東大農学部の大学院には受かりましたが、蹴って他の進路に進む予定です。

今すぐ生命系の研究者にならなくていいじゃないか。

30歳までに稼いで、この分野に別の形で戻ってきてやる。

そう思いました。

ですがこの時、時は既に10月。

「やばい。来年の進路、決まってない。」

 

あまり迷いはありませんでした。
そうだ、プログラマーになろう。

実はもともとプログラミングには興味があり、大学2年生から約1年半の間、プログラマーとしてバイトをしていました。

今の目標は来年度、たとえニートの期間ができても、アメリカのITブートキャンプに行くことです。

「東大の新卒の切符を捨てるのか。もったいないかな」

確かにそうも思って、悩んでいました。

そんな時、あるニュースが飛び込んできました。

東大卒で電通に入った女性が、入社1年目の12月に過労で自殺したそうです。

しかも2015年と、直近の出来事でした。

それが話題になったのがちょうど今年2016年の10月頃。

「東大の新卒の切符の価値って、思ってるほど大したことないのでは?」

そう思いました。

だって、それをまさに行使して電通という「エリート」企業に入った人が、その年のうちに自殺しているのです。

 

確かに、彼女は特別運が悪かったのかもしれません。

東大を出て普通に就職して幸せに生きてる人の方が大多数でしょう。

 

ですが、このニュースを聞いて、、

 

僕の未練は、なくなりました。



このブログを始めたのは、

・そんな風に進路に迷う自分の軌跡を残すため、思考を整理するため。

・また、東大生という肩書きを捨て、これから社会と「自分の名前」で付き合っていくにあたって、その窓口とするため

そういう理由で始めました。

 
結果を出さなければ、口だけです。

 

ただ「研究生活に耐えられそうになかったから」「就活して社会人として働いていく気概も実力もなかったから」あいつはアメリカなんかに行こうと夢見てるんだろう、どうせ行けないだろうけど。

 

そう思われても、今の段階では仕方がないと思います。

口だけになりたくないです。絶対に。

まずはアメリカITブートキャンプに行って、ボロボロになるまで修行してきたいと思います!!(最低限、海外の日系企業に就職くらいはしたいです。)